
なぜAIを使えば使うほど、自分自身に価値がないように感じてしまうのでしょうか?
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なぜAIを使えば使うほど、自分自身に価値がないように感じてしまうのでしょうか?
AIが価値を下げているのではなく、むしろAIはあなたの思考の真の価値を明らかにしているのだ。
本記事は微信公众号「不懂经」より:著者:不懂经也叔のRust、原文タイトル『AI時代の張文宏パラドックス:なぜAIを使えば使うほど、自分は価値がないと感じるのか?』、題図出典:視覚中国
先日、あるショート動画を見かけた。国家感染症医学センター所長の張文宏氏が、1月10日に香港で開かれた高山フォーラムで行った講演の一部だ。彼は明確にこう述べている。「私はAIを病院の診療記録システムに導入することを拒否する。」
理由は、体系的な訓練を経ていないAIが、医師の育成プロセスそのものを根本的に変え、若手医師が伝統的な訓練を通じて身につけるべき独立した診断能力を損なう可能性があるからだ。
張文宏氏は自身ももちろんAIを使用しており、まずAIに症例を一通り処理させると説明している。しかし重要なのは、30年以上の臨床経験を持つ彼だからこそ、AIのどこが間違っているかを一目で見抜けるということだ。
問題は若手の医師にある。
もし医師が研修段階からAIに診断結果を依存し、完全な臨床的思考訓練をスキップしてしまうなら、彼らは生涯を通じて一つの重要な能力を失ってしまう――すなわち、「AIの正誤を識別する能力」である。
張文宏氏のこの発言は、一般のAIユーザーの立場から見ても、AI時代におけるスキルとレバレッジについて広く誤解されている現実を鋭く突いている。
ここ1~2年、奇妙な「集団的不安」が広がっていることに気づいた。
興味深いことに、この不安を感じるのは技術に疎い人々ではなく、むしろ逆だ。すでにAIを熟練して使いこなしているエリート層――プログラマー、弁護士、アナリスト、インフルエンサーなど――に多く見られる。
当初、誰もがAIによって自分がスーパーヒューマンになると期待していた。だが短い効率化の陶酔感の後、多くの人々はより深い無力感に陥っていく。
AIがコストゼロで仕事の80%をこなせるとき、残りの20%という自分の価値で、果たして職業的尊厳を維持できるのだろうか?
もしAIが数分で私が2週間かけて書いたコードを完成させ、大規模モデルが瞬時に完璧なデューデリジェンス報告を作成し、Geminiや豆包(DouBao)が絵画の基礎知識ゼロの人間にマスターピースを描かせ、GPTが健康診断や検査結果を「正確に」読めるのであれば、人間のスキルの防波堤は一体どこにあるのだろうか?
かつて『アトランティック・マンスリー』は、我々は今「技能喪失(deskilling)の時代」に入っていると指摘した。だが裏返せば、AIがスキルを無意味にしたわけではない。むしろ激しい「スキルのインフレ」を引き起こしているのだ。ただ、スキルの定義が再構築されつつあるだけだ。
実行コストがゼロに近づく時代において、AIはまさに「妖怪を照らす鏡」だ。AIが拡大するのはあなたの効率だけでなく、認知の粒度や精度そのものでもある。
あなたが「役立たずになった」と感じるのは、AIがあなたが誇っていた仕事の大部分が、実は「作業」であり「遂行」であり「言われた通りにやる」ことであって、「考える」ことでもなければ、ましてや問題提起や解決でもなかったという現実を容赦なく暴き出したからかもしれない。
21世紀のスキルの真実とは、もはやあなたがどれだけツールを持っているかではなく、あなたの頭の中にどれだけ本物のレバレッジがあるかということだ。「マクロな統制+ミクロな検証」の総合力こそが、AI時代の真の鉄飯碗なのである。
一、張文宏パラドックス:0の10倍は依然として0
シリコンバレーでは広く知られた見解があるが、よく誤解される。
人々は言う。「AIは生産性を10倍にする増幅器だ。」
しかし、この言葉の数学的意味は、表面以上に冷酷だ。
もしあなたの現在の能力が1なら、AIにより10になる。10なら100になる。だが、ある分野の本質的理解が0であれば、0に10をかけても、やはり0のままなのだ。
これがまさに張文宏氏が懸念する核心だ。研修段階からAIに依存する若手医師は、臨床判断力が0のままかもしれない。いくらAIが強力でも、0に何をかけても結果は0である。
さらに恐ろしいのは、この「0」が自分自身が0であることに気づかないことだ。
張文宏氏は率直に言う。「新人医師はAIに頼って診察してはいけない。」なぜか?たとえAIの正答率が95%に達しても、残りの5%の誤りを識別し修正するのは専門医の責任だからだ。
医師自身が独立した診断能力を持っていなければ、どうやってAIの間違いを見つけられるのか?AIが対処できない難病にどう対応すればよいのか?
これが私が言う「張文宏パラドックス」である。ある意味では、鶏が先か卵が先かという問題でもある。だが別の意味では、「人がツールを使うのか、それともツールに使われるのか」という問いを突いている。
これはAI時代におけるスキルの第一の真実を明らかにする:
AIの本質は「確率のフィッティング」であり、人間の価値は「結果の責任を負うこと」にある。
過去の「スキル」とは、文法の暗記、法令条文の習得、ショートカットキーの使い方など、熟練した遂行能力を指していた。だがAI時代には、こういったハードスキルは急速に下落し、インフラに過ぎなくなる。
取って代わるのは、より隠れやすく、より希少な能力――判断力である。そして判断力とは、自らの行動が長期的にどのような結果をもたらすかを理解する力のことだ。
次のシナリオを想像してみよう。ベテランエンジニアと新人が同時にAIを使ってコードを書く。
新人が得るのは単なるコードの塊だ。それがアーキテクチャ上のリスクを含んでいるか、極端な並列処理での挙動を予測できるか、あるいはそれが「行き止まり型」の解決策かどうかさえ判断できない。
一方、ベテランエンジニアが見るものはコードではない。それは「道筋」だ。彼はAIにどのようなタスクを与えるべきかを知り、成果物の検収方法を知り、AIが間違いを犯したときにどの工程で修正すべきかも知っている。AIは必ず誤るからだ。
新人にとってAIはブラックボックスであり、正しい出力を祈るしかない。一方、専門家にとってはAIは無限の労力を持つインターンチームであり、「そこに行け」と指示すれば即座に動く存在だ。
そのため、将来の専門家と一般人との差は、「AIの出力を検証できるかどうか」にある。
張文宏氏がAIの診断ミスを一目で見抜けるのは、特別な直感によるものではない。30年以上の臨床経験から培われた「メタ能力」によるものだ。まさにこの能力こそ、AIに訓練過程をスキップされた若手医師たちが最も欠いているものなのである。
したがって、深淵な専門知識をアンカーとしない限り、AIがもたらすのは効率ではなく、高価な混乱である。
二、なぜあなたのプロンプトはいつも「もう一歩及ばない」のか?
なぜある人はAIで複雑な問題を解決でき、ある人はただのチャットボットとしてしか使えないのか?
問題は「呪文」の書き方がわからないことではなく、あなたの思考のエントロピーが高すぎるからだ。
最近、警戒すべき現象がある。人々が「思考そのもの」をAIに外部委託し始めているのだ。
問題に直面しても分析せず、ぐちゃぐちゃの要求をそのままモデルに投げつけておきながら、平凡な出力に対して怒りをぶつける。「このAIはまったく使えない。」
実は、AIが愚かなのではなく、あなたが考えきれていないのだ。
AIモデルがどれほど進化しても、本質的には「コンテキストに基づく予測機械」にすぎない。出力の質は、入力されたコンテキストの質に厳密に左右される。これが現代版の「Garbage In, Garbage Out」(ゴミを入れればゴミが出る)だ。
21世紀の頂点スキルは、「明確な表現力」と「構造的思考力」になった。
真のエキスパートは、チャットボックスを開く前から、頭の中で既に厳密な推論を終えている。
1. 問題の定義:本当に解決すべき核心矛盾は何なのか?
2. 論理の分解:この大きな問題はどのサブタスクから成るのか?依存関係は?
3. 基準の設定:どのような結果が「合格」と言えるのか?
例えば、AIに機能開発を手伝わせる前に、データの流れを明確に整理しただろうか?AIに文章を書かせる前に、独自の観点の枠組みを構築しただろうか?
AIに「0から1」の思考を任せようとしてはいけない。
AIが得意なのは「1から100」への肉付けであり、その「1」――つまり核心的な洞察と論理の骨格――は、あなた自身が提供しなければならない。
もし自分の考えを同僚に明瞭に説明できないなら、AIから満足のいく結果を得ることは絶対にできない。
明快な文章は、明快な思考の証である。
将来、自然言語によるプログラミングは一般的なスキルになるだろう。だがそれはプログラミングが簡単になることを意味するのではなく、言語と論理の精度が新たな「コード」になるということだ。
あなたの思考が混沌としていれば、AIはそれを高効率で拡大するだけだ。
三、情報の筒抜けから脱却:99%の人よりも本質に近づく
AIは人類が蓄積した膨大なデータを基に訓練されているため、先天的に巨大な欠陥を抱えている。それは「凡庸な合意」、つまり平均回帰である。
健康、資産運用、歴史についてAIに意見を求めれば、おそらく「教科書的」な回答が返ってくるだろう。安全で正しく、だが往々にして非常に凡庸だ。なぜなら、それはインターネット上で最も頻繁に出現する情報を繰り返しているにすぎないからだ。
ここから第三の次元が生まれる――偽を払い真を見る洞察力。
- 知識(Knowledge)とは、「こうすべきだ」と知ること。
- 理解(Understanding)とは、「なぜそうすべきか、そしてどんな場合にそうすべきでないか」を知ること。
これがまさに張文宏氏と若手医師との根本的な差異だ。
若手医師はAIを通じて瞬時に「知識」――診断結果、薬の処方、治療計画――を得ることができる。だが張文宏氏が持つのは「理解」である。彼はこれらの知識の境界線を知り、いつ常識を破るべきか、またAIが出す「標準解答」が誤っている状況を知っている。
情報過多の時代において、詰め込み教育やアルゴリズム推薦によってのみ情報を得ているならば、あなたは巨大な「エコーチェンバー」の中で機械的に反復しているにすぎない。物事の動作原理を真に理解していないのだ。
AIよりも賢くなるには、99%の人よりも本質に近づかなければならない(第一原理的思考)。
- ビジネスを理解したい?ベストセラー本や微信公众号だけを見ていてはいけない。キャッシュフロー、レバレッジ、需要供給関係、人間の貪欲を研究せよ。
- 健康を理解したい?権威とされるガイドラインだけを信じてはいけない。代謝、ホルモン、炎症反応の生物学的メカニズムを学べ。
AIがあなたに「標準化された提案」を出したとき、その中の穴を敏感に捉えたり、特殊な状況でAIの提案を毅然と覆したりできるのは、システムの底層の動きを真に理解している人々だけだ。
張文宏氏の言う通り:「AIに騙されるかどうかは、あなた自身の能力がAIを超えているかどうかにかかっている。知識ではAIに勝てない。理解で勝負するしかない。」
将来の競争優位は、「トレーニングデータ」に疑問を呈する人々に属する。あなたは独自の認知体系を築かなければならない。それは他人から借りたものではなく、実践と苦しいフィードバックループ、そして独立した思考を通じて自ら検証したものでなければならない。
AIは全人類の知識の平均値だ。平均値を超えたければ、AIに依存してはいけない。AIが統計的確率から導けない独自の洞察を持たねばならない。
四、遂行価値がゼロになった後:作業者から検収者へ
視野を広げてみよう。歴史は繰り返さないが、リズムは常に似通っている。
1980年代、コンピュータの普及は当時の会計士や弁護士に大きな恐怖をもたらした。それ以前、弁護士が判例を探すには山積みの資料を何日もかけて探し回る必要があった。電子検索の登場により、それが数秒で済むようになった。
弁護士は失業したか?していない。むしろ法律業界はより巨大で複雑になった。
検索が容易になったことで、クライアントの期待も高まった。人々はもはや「判例を見つけること」には支払わず、「複雑な判例に基づいて独自の弁護戦略を構築すること」に支払うようになったのだ。
同様に、AIがコード作成、文案生成、基礎診断を担うようになれば、人間の役割は本質的に飛躍する。
我々は「職人」から「指揮官」へ、「作業者」から「検収者」へと進化している。
かつて優秀なエンジニアは50%の時間をコードに、50%をアーキテクチャの設計に費やした。今や、90%の時間をアーキテクチャの思考、ビジネス理解、体験最適化に使えるようになり、コード作業はAIに任せて(そして自分で検収する)ことができる。
これは、仕事の複雑さの上限が開放されたことを意味する。
個人開発者が、かつて10人のチームが必要だった企業を一人で運営できるようになる。業界に精通したインフルエンサーが、かつて1週間かかっていたコンテンツを1日で量産できる。ベテラン医師(張文宏氏のような)が、AIの支援でかつて不可能だった症例数を処理できる。
これがAI時代における「スキル」の新しい定義だ。
それはもはや単一軸の「専門性」ではなく、次元を超えた統合力なのである。
あなたはすべてのレンガを一つずつ積む必要はない。だが、建物の力学構造を知らねばならず、外観を決める美的センスを持ち、どこに建てれば最も価値が出るかを決めるビジネス感覚が求められる。
この「マクロな統制+ミクロな検証」の総合力こそが、AI時代の真の鉄飯碗なのである。
張文宏氏が強調する二つの鍵となる能力とは、まさにこのことだ。
1. AI診断の正確性を判断する(ミクロな検証)
2. AIが対応できない難病を診療する(マクロな統制)
この二つの能力を持たない医師は、ただの「AIオペレーター」にすぎない。
結論:昇維する者だけが、降維攻撃の快感を享受できる
冒頭の現象に戻ろう。なぜAIを使えば使うほど、自分は役立たずだと感じるのか?
それはAIが、「肉体労働」を通じて得られる達成感の権利を剥奪したからだ。
以前は、3日かけて美しい報告書を作成すれば、自分に価値があると感じられた。だが今、AIは3秒で同じものを出力する。その虚構の価値感は一瞬で崩壊する。
これは確かに苦痛だが、同時に目覚めでもある。
AIは私たちに最も難しい問いを突きつける:機械的な遂行以外に、私の真の思想的価値はどこにあるのか?
考えることを望まない人にとっては、これは最悪の時代だ。彼らはアルゴリズムの付属物となり、平庸な情報の筒抜けに飲み込まれていることすら気づかないだろう。
だが、好奇心を持ち、独立した思考力を持ち、物事の本質を探求したいと思う人にとっては、人類史上最高の時代が来たのだ。
- すべてのハードルが下がった。
- すべての天井が消えた。
- あなたは人類史上最强の智囊団と執行部隊を、24時間体制で手に入れることになった。
張文宏氏が反対しているのはAIそのものではなく、「基盤能力の構築をスキップしてAIを使うこと」、思考やメタ認知をAIに外部委託することだ。
彼自身はAIを猛烈に活用している。なぜなら30年分の内功という土台があるからだ。AIは彼にとって虎に翼を授けるようなものだ。だが、内功のない若手医師にとっては、AIは成長を急ぎすぎて苗を傷つける行為であり、毒酒を飲んで渇きを癒そうとするようなものかもしれない。
21世紀において、スキルは消滅しない。だが、厳しい精錬のプロセスを経る。
AIと「問題を解く」競争をするな。AIと「問題を作る」競争をしろ。
AIを怠けるための道具ではなく、高度な知性をもって操り、導き、誤りを正すべき超レバレッジと見なすとき、
あなたがAIを通して見る世界は、もはや凡庸な自分ではなく、無限に拡大され、強靭なスーパー個体なのである。
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